私たちが喪失したもの ーー 気鋭のアーティスト、大谷望さんの作品を通してーー

福島県生まれで在住の画家・造形作家の大谷望さん。「現代の鳥獣戯画」を目指して数々の作品を手掛け、県内では県展をはじめ数多くの公募展、県外・海外でも絵画・立体造形作品を発表し高い評価を得ています。

大谷さんはちょうど、昨年秋の先達山での売電開始直後にこの山をモチーフにした作品をリリースしました。私共は作家本人のご承諾のもと、この作品をここで紹介させて頂くことにします。

主人公は棲み処を追われた当事者の一人のクマ。開発が原因で当て処なく彷徨うことになり、挙句の果てには街から厄介払いされ・・・。改めて歩みを止めて振り返り、先達山に未練を残すクマ。

この絵が発する眩しさと言ったら、まるで本物の先達山ソーラーパネルが照り返し放つ光そのもの。大谷さんはこの透明で強烈な眩しさを表現するため、制作当初から効果的なコントラストの創造に腐心されました。

                   「燦々と光る山」     アクリル  F50     大谷 望

さて、このクマが後ろを振り返りながら喪失感を抱いている先達山とは、一体どういう山なのでしょうか。それを語るには、先達山を含め取り巻く自然環境について簡単にお話ししなければなりません。

先達山は高湯温泉を通って「吾妻小富士」へ通じる玄関口に位置しています。

「吾妻小富士」とは、吾妻連峰の一角をなす吾妻山を指しますが、この富士山を一回り小ぶりにしたような名山を福島県人は「吾妻小富士」と名付けて親しんできました。実際、福島市内の小学校或いは中学校の校歌には、必ずと言っていいほど、この「吾妻小富士」が登場します。福島市の中心に位置する県庁舎からも一望できるこの山は、福島全体の象徴でもあるのです。

福島の人たちは小富士を眺めることで季節を知るのです。春から夏にかけて青々とする山裾は、秋になると段々赤く染まりそして色褪せ、やがて真っ白な装いで、見る者の目を楽しませてくれます。

そして雪解けを知らせる「雪ウサギ」が現れ始めると・・・
私たちはそれを「種まきウサギ」とも呼ぶのです。何故なら、このウサギは温かくなり始めた大地に春の種をまき始めてよい頃だと、告げてくれるからです。

この雪ウサギは福島市が「ももりん」というキャラクターにして福島のシンボルにしています。

更にこの吾妻山周辺では、那須五葉、四国五葉に並び「日本三大五葉」と呼ばれる吾妻五葉松が自生しています。

専門植物園・盆栽園の方々は年に一度、険しい勾配を這って登り、この貴重な松の種子を採取していると聞いています。観賞する人たちはこの五葉松が放つ強烈な生命力に圧倒されるのです。

また浄土平を越えれば山形県そして新潟県へと、さらなる道へと広がっていきます。

この吾妻小富士から蛇行しながらゆっくり下ると、硫黄臭、ゆで卵のにおいの立ち込める高湯温泉が眼下に見えてきます。この白濁した源泉をもつ温泉は、およそ400年前に開湯したと伝えられています。

しかし歴史を紐解くと、この由緒ある温泉は二度も存亡の機に直面しました。戊辰戦争を発端にした禍に見舞われ、地区内の全焼を経験。次に、戊辰戦争を後押しした上に福島事件を引き起こすことになった張本人、かつての福島県令だった三島通庸による強引な庭坂への引き湯という枯渇の危機。(高湯温泉公式ウェブサイト参照)しかしその苦境を経てもなお、高湯温泉は必要とされ多くの人の手を経て再建されてきました。歓楽街の形成を決して許さず、原生林の間で人との調和をはかり守られ続けてきた誇り高き温泉なのです。

最後に、先達山には鉱床があり、カオリンという窯業の原料が産出されていました。また天戸川の豊かな水脈も手伝い、良質の粘土の産地でもありその二つの自然の産物を用いた磁器も生み出されました。先達窯です。その明るく透明感がある釉薬が特徴で、丹念な手仕事で作られていた時期もあったのです。

故郷・先達山の全てを失ったクマが背負っている籠は、ご覧の通り、空っぽのままで寂しさを湛えています。

是非一度皆様も、原画をご覧になる機会がありますように。

この「燦々と光る山」のポストカードを販売しています。また、画家・造形作家の「大谷望 Otani Nozomu」作品・グッズに関する情報・お問い合わせは以下のHP、インスタをご覧ください。

アトリエ・ポポキ ATELIER POPOKI – 大谷望公式HP

トム ポポキ(@tompopoki) • Instagram写真と動画

また2月18日(水)より、丸善・丸の内本店4Fギャラリーにて「Catアートフェスタ」にも猫の立体造形を出展されます。