本会は昨年来、地元の先達山問題を積極的に報じようとしない『福島民報』と『福島民友』社の報道姿勢を厳しく批判してきました。福島の地元民がこれだけ怒りや不安の声をあげ、全国的にも話題となる先達山問題に対して、最も近くに会って日々、問題の現場を目撃している地元紙二紙が沈黙を守ってきたのは、奇妙というより不気味なほどであり、行政や事業者との癒着や忖度を疑わせるものでした。
しかし、幸いないことに、昨日、本会ウェブサイトでAmp社が市役所に対して光害の発生を認める報告書を提出したことを報じたところ、このニュースを後追いする形で、『福島民報』は今朝の朝刊で初めて先達山の光害の問題を大々的に報じました。しかも、そこに掲載された写真は本会が提供したものであり、記事の中では本会代表のコメントも紹介されています。➡ 記事と写真 デジタル版はこちら
さらに、この記事はAmp社の担当者が、昨年4月の時点で住民から光害の指摘を受けた際には、「地上には光は届かない。あくまで(パネルが)光って見えるだけ」と名言ならぬ「迷言」を弄して問題を否定していた事実も紹介しています。
時すでに、あまりに遅きに失した感がありますが、それでも地元紙がようやく地元民を愚弄し、苦しめ続けてきた事業者の問題を正面から報じ始めたのは嬉しい変化です。果たして、こうした報道姿勢が続くのか、それとも単なる一過性の茶番で終わるのか、引き続き『福島民報』の報道姿勢を注視し、見極めなくてはなりません。
一昨日は、福島民報の記者さんに同情し、啄木の歌を改作して贈りましたが、今日は孫文の名言を改作して激励の言葉を贈りたいと思います。
「民報が福島文化の前途に対し、資本家覇道の走狗(犬)となるのか、あるいは土民王道の干城(守り手)となるのか、それはあなたがた記者が慎重に選ぶべきことであります」